「作中に勝手に加えた設定は妄想劇場の産物」だそうです。

(↑ご本人様の意向により、くれぐれも表記しました。)














- 小話・1 -


 
 その日、タンもシーザーも所用で出かけていた。ミンミは幼い身であるのでアクロに伴われ、勉強会の間、やむを得ず書庫の隣室で退屈な時間をすごす事に。
 さて、夕刻も迫り書庫を出る頃になって・・・・
「その本はどうしたのかい?」
 扉を開け、書庫の隣室から出てきたミンミは、一冊の絵本を大事そうに抱きかかえていた。
「んふふ。『おうじさま』から、かしてもらったの」
 と、うれしそうに笑う。
 アクロはしばし考える。隣室へは書庫を通らなければ入れないはずで、ワノ老師とメイサ女史以外の出入りはない。
 はて『おうじさま』とは・・・?
 皮の装釘に金文字の表題、色鮮やかな刺繍を施した織物が表紙に組まれている。古びてはいるが、ひとめ見るだけで高価な・・・・なるほど、『王子様の本』らしかった。
 だが、部屋をのぞき込んでも誰もいない。簡素な机といす、置き去りにされた人形と玩具が、夕陽に朱く染まっている。
「おうさまではなく、おうじさまなのかい?」
「うん」
「・・・・まさか、窓から?」
「うん、上から」
 ならば、あの青年か。城の者から見とがめられずに出入りするためとはいえ、屋上から鎖を伝って降りてきたのか。なんと身軽な。
 聞けば、窓から入ってきた『王子様』は、無人のはずの部屋に想定外の少女がいて面白いほど狼狽したのだとか。逆に幼い従者にしてみれば、持参した本を読み終え、字の練習をしたり絵を描いたりして時を過ごしてもまだまだ足りず、おおいに退屈しきっていたところへ『おうじさま』の登場だ。
「ねえいっしょに遊ぼう、ロイナス!」
 期待に充ち満ちたまなざしを受けて、彼はここへ来た本来の目的を一瞬であきらめた・・・・らしい。ひとしきり玩具で遊びの相手をしたあと、一度姿を消し、再び現れた時にこの絵本を持ってきてくれたのだと。
「調べ物があるのだ。すまないが、しばらくこれを読んで過ごしてくれないか?わからない言葉があれば、教えるから」
 (馴染みの・・・・牢屋から持ってきた絵本か)
 頁を手繰ると、王子様お姫様の出てくるおきまりの冒険物語に始まって、幽霊島の宝探しや竜と戦う王様の話等々、どこの国でも子供に読んで聞かせるようなおとぎ話が挿絵と共に収まっている。
 (おや、これは?)
 アクロの手がふと止まる。
 二枚の色あせた紙が、最後の説話の途中に寂しげに挟まっていた。
 
 ハンスという男がいた。男は裕福な生まれで、金貸しをしていた。貧しい者を疎むあまり非道をつくし、親切を悪意で返すような所行を続けた結果、死の淵にいたる。悪夢の中で、かつて虐げた者達の善なる心に触れて自らを省みて、改心し、人々の元へもどる・・・・教訓のこめられた話だ。
 
 当人達からはとうに忘れ去られた、遠き日の二つの断片。そこに書かれた文面を見て、思わず噴出する。彼らの本質がそこにある。
「どうしたの?」
 自分を見上げる幼い従者に、アクロはふと思いついたことを言った。純粋な興味もあるが、多少の悪戯心がまじるのは致し方ない。
「ボクが最後のおはなしを読んであげるよ。そのあと、ミンミの思ったことを書いてみないかい?」
 
 
 
 
 翌朝。 
「アクロ、上手にかけたってほめてくれた。ミンミのかいた文、ロイナスにみせたい!」
 書庫に向かって走り出す背中は、うれしそうだ。
「ロイナスまた来るよね?」
「おそらくね」
 昨日、部屋に積んであった書から類推するに、調べ物は終わっていないはず。たぶん、必要な答えはここに・・・・今日、アクロが持参した書物の中にあるだろう。わざわざ持ってきたのは言うまでもなく、「ミンミのお守り」にたいするささやかなお礼。
 ああそれから、今日はきちんと扉から入ってくるように言伝ておかなくては。
 ゆるりと書庫へ向かいながら考える。
 幼い従者の言葉をのせた新たな紙片を挟み込み、絵本は本来の持ち主へ戻ることがあるだろうか?死の選択を必然だと思い込んだ男。こうして還ってきたものの、根本にある問題が解決しない限り、せっかく引き寄せた強運ごと簡単に手放してしまうのではないか。
「さて、こういう事はボクが直に話してもうまく伝わらないのだろうからね。こういう、まじないのようなことを試しておくのも良いだろう?」
 これは誰に語るではない、独り言。
 
 さて、三枚の紙片はここに。何と書いてあったのか気になります?
 
『ひとをだましたり、じぶんがされていやなことをしたりするのは、やっては、いけないことだとおもう。わるいことしたら、ばつをうけるのがきまりだ。でも、ちゃんとあやまったからゆるしてもいい』
 
『善悪の裁断は自らの利益によって揺らぐものであってはならない。罪を犯した事実は決して消えないのだから、熟慮して行動しなければならない。また、一度下した決断は安易に曲げてはならない。』
 
『ハンスがしななくてほんとうによかった。ハンスは一人ぼっちになっちゃたから、まわりに「だめだ」っていってくれる人がいなかったの。でも、これからは一人じゃないから、きっとみんなで幸せになれるよ』

 
 



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